会う人みんなが言う。
「もう、暑いのは飽きた」
京都では、年々夏の期間が長くなり、冬になればまた、底冷えしてたいそう冷える。なのに、体温を越えて、四十度近い気温が何十日も連続すると、からだから精気が汗とともに、流されて行く気がする。
私がまだ、学生で若かった頃は祇園祭が楽しみで、大文字もそこそこ嬉しく思った。本当は宗教行事で故人がお盆の間におもどりになり、また、彼岸の向こうへお戻りになる。それが大文字の送り火なのだ。
「今年は一緒に行けるよね」
「いや、まだ、だめだ。誰が見ているかわからない」
「あれだけの人がいて、外人だらけなんだし、わかんないって」
「だめだ」
「つまんない」
「これは、ちゃんとしないと」
「私たち、なんなの?」
ため息とともに私は目の前の人に言う。
「前も注意されたんだ」
「誰?」
「校長先生」
私は言葉に詰まった。祇園祭に行った時のことだろうか、それとも別のどこか?
「遙佳とのことは、俺も真剣だからこそ。ここで終わりたくないし、時間がかかる。それはわかってくれただろう?」
「うん……」
「だけど、しょうがないんだ」
「もう大学生なんだよ、私。恭介さんと私は卒業生の間柄じゃない」
「それは、そうなんだけど」
「もう、私のこと、面倒になってきた? それとも他に好きな人ができた?」
「そんなこと、あるはずない。だけど、少し距離をおかないか?」
「イヤです。そのうち連絡も取れなくなって、消滅してしまうのを待つつもりでしょ」
私は、これ以上恭介さんの言い訳と辛そうな横顔を見るのが辛くなった。私の心は、これ以上もたない。壊れそうになっていた。
比叡山のドライブの帰り道、北白川の喫茶店にいたが、私はいたたまれなくなってしまった。店を飛び出した私は、一人歩道を歩いていた。どこへ行くともない。ただ、一人になりたいだけだった。
蒸し暑い、まとわりつくような風が吹くと私の周りに檻ができる。
歩道に空車があり、私は手をあげてタクシーに乗り込んだ。
「二条城の近くまで、お願いします」
「はい」
クーラーがあまり効いていない車内に一人。
いつも帰りはマンションの近くまで送ってくれた人を置いてきた。
携帯を見ても、メールは来ていない。
これで終わるのかな、私たちと思っていた。
二条城の壕が白くライトアップされていて、夜間のイベントがあり、たくさんの人が列を成している。
私はその少し先でタクシーを降りた。
その北側まで歩いて見たかった。
歩道には植え込みがあり、トンボが止まっていた。
台風前の強い風がざっと、吹いた。
私は髪の乱れを気にした、少し立ち止まる。
しかし、トンボは必死で、しがみついて飛ばされないようにしていた。
夜だから何色かはわからない、赤とんぼの時期まで少し早いので、ギンヤンマだろうか。
「つよいな」
大きな目はまっすぐに前を見ていた。
私はどうだろう。
強い風に流されて逃げてしまった。
恭介さんの車のテールランプが目の前に見えた。
見覚えのある丸いテール。
私はその車の横を歩かずに、通りを渡って反対側を歩いた。
「遙佳!」
私は呼ばれた名前を無視して歩く。
車から出てきた人が、私を追いかけて走るのがわかった。
私は建設中の外資系ホテルの横の路地へと曲がる。
マンションまで、あと少し。
私は向かい風に立ち向かうように、早く歩いたつもりだった。
「まてよ」
腕を掴まれて、バランスを崩しそうになった。抱きしめられて、いつものたばこの香りに涙が出そうになる。私はこの人から、離れることなどできやしないのに。
了