【連載】掌の物語(11) ヒーローでもなくラスボスでもない・樹 亜希

さりとて、こう、見苦しい人間の姿にはうんざりする。
 デスノートの悪魔みたいな感じであれば、納得するのだろうか。私が現れると、ほとんどの人間は呆れかえり、馬鹿にして、見下す。
 しかし、どんな金持ちでも、ゲス野郎も、聖人君子ぶったやつも、ただの人間であり煩悩の塊。「今から死にます」の一言を私が言うと、ぽかーんとした顔をしたあと数秒後に、笑い出したり、罵ったり、どうしてなんだとつかみかかり、まあ、大変なことになる。
 私の見た目に問題があるのだろうか。
 かわいい豆柴、もしくは最近急増している飼い猫の耳が倒れていて、脚が少し短いタイプだったりすると、それはそれで、信憑性が増すのだろうかと考えたこともある。あるいはむかしみた、ブラッド・ピットの「ジョーブラックによろしく」みたいに、金髪のイケメンとか?

 あと、一日であなたは、死にますと言われたらどうすべきか。
 誰も考えたことなどない。
 ラノベ的な小説やアイドルが出てくる病気にて、若い男女のどちらか、もしくはどちらもが難病にて亡くなるシリーズの美しさよ。
 実際にこんな、美しいことはない。
 かくいう私もそうだった。
 中学生の一番楽しい時に、なんと、コロナに感染してしまい意識がないまま、この世を去った。伝播の始まりで、人類がただ怯え、震撼し、医療現場が野戦病院のような状態の最中に病院へ行くこともなく、私が死んだ。
 まず、意味がわからなかった。
 読書だけはたくさんしていたので、賽の河原に佇んでいたら、向こうに祖父と祖母、そして飼っていた猫と、ウサギがいた。
「おい、どうしたんだ。遙人、もっとたくさん生きなきゃ、いかん。こんなところへ来ては行かん」
 祖父はお気に入りの古くさいジャケットと、スラックスにくたびれた革靴を履いて、今にも泣きそうな顔をして言う。
 祖母は、白いウサギをしっかりと抱いて、
「遙ちゃんには会えずにおばあちゃん死んじゃったけど、いつも見てたよ。あんたのお母ちゃんはあんたのために、一生懸命やったなあ。なのに、なんで死んじゃったのぉ」
 シャム猫のタマヨは香箱座りをして私をじっと見ていた。一二年という年月をともに過ごした相棒のタマヨ。水色のきれいな瞳には私が写る。
「変な感染症で、死んじゃったみたいだ。どうしたらそちらへ行ける?一人はいやだよぅ」
 私は叫ぶ。
 渡し人が言う。
 ここで五文銭をください、それが渡し賃です。確か、高瀬舟で読んだ時の挿絵で見たでしょう。こんな船ですみませんね。
 私は、胸に挟まれた白い着物の間から、それを渡す。
 ゆっくりと船は向こう岸へと音もなく進んでいくが、不思議といつまでも着かない。
 祖父もタマヨも小さくなる。
 なんで? どうして。おじいちゃん。私はここだよ。
 立ち上がり、思い切り手を振った。
 そのとき、私は船から落ちた。
 次に目が覚めた時に、先ほどの渡し人が私をみていた。
 暴れん坊なんだから、落ちてしまって、向こうへ行くにはワシのように仕事をしなくちゃならないんだ。それは神様が決めた人数を集めること。そうしたら、あちらへ行けるか、生まれ変われるらしいぜ。
 私はそれ以来、中学の制服を着た姿で、神様が示す人のところへ行き、
「もうすぐ、あの世へ行くことになります。心の準備をしてください」
そう、言ってその人を天界へ導くタスクをこなしている。
 あるとき、左手小指の曲がらないおばあさんに出会った。
「もうすぐ死にます」
「遙人、やっと迎えに来てくれたのかい。長かったよ。寂しかった。もうひとりぼっちにしないでね」
 私は前世の記憶はあの時、失っていた。
 なぜ、この老婆は私の生前の名前を知っているのだろう。
 え? 生前の名前は覚えているのか?
 私はこの人、いや、母親を連れて行くと、この役目は終わる。
 転生するかどうかは、神様次第。

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