私は誰もいない、一人だけの空間に座って窓の外をみていた。
一緒にいたはずの家族はバラバラになってしまい、静かな木の見えるホテルの部屋に座っている。
お金だけは不自由しないだけ、あった。
それは夫にかけてあった生命保険と、会社からの退職金代わりの株式や、自宅を処分したものだった。娘は就職して東京へ転勤となり、そこで知り合った男性と事実婚をした。夫に似て、ドライな性格で、一人娘であることから、入籍はせずに清水の苗字で仕事をしたいことと、子供は持たないという選択を結婚する前から決めていたからだった。
思い出の多い、伊勢の戸田屋という老舗のホテルは古いが、近鉄特急を降りるとタクシーで一〇分ほどの場所にある。娘といった最初にして最後の海水浴がここだった。
お世辞にもプライベートビーチはきれいではない。
しかし、からだが弱く夏の暑さに耐えられない私は、ここを定宿にしていた。娘が喜んだのは水族館とお土産広場なるショッピングセンターだった。広くて冷房が良く効いていて、私と娘がサンリオのキャラクターのお土産をたくさん買い込んで、花火を夜にしようとホテルに戻ったりした。
娘が小学校に入学すると、中学受験のために、塾の夏期講習があるので、まとまって旅行に行くことはできなかった。
思い出の少ない家族のアルバムがそこで停止した。
中学の入学式、おそらくそこで終わったはずだ。
その思い出の土地へ行く気にはなれなかった。
全く何も考えずに京都駅から仙台までの新幹線のチケットを購入した。全てが終わったと思われる今しか、出かけることができない、そんな気がしていた。
夫、俊昭とは友人の紹介で出会った。
好きなタイプではなかったが、不思議と気があった。話していても気を遣わなくて良かったし、食べ物の好き嫌いも似通っていて、知り合って半年後には結婚式を挙げた。
どちらから、プロポーズをするでもなく、結婚したらどんな家庭を作りたいかという話をするようになった。
それから、六年後の妊娠と出産。
波風の立たない人生だった、先月俊昭が急死するまでは。
いわゆる突然死、健康診断でも何も異常などなかったし、海外出張から戻り、大きな病院で親知らずを切開して抜歯したことがあるくらいで、何も変調を来すことはなかった。私は自分を責めた。毎日顔を見ていて何も気が付かなかった、私が悪いんだと。
あさ、起きてこないので、おかしいと思い寝室へ行くと返事をしない彼に私は異変を感じた。子供のように丸くなり、いつもの抱き枕を抱いて冷たくなっていた。
涙など出なかった。
現実を受け入れることができなくて、哀しい気持ちなど湧き上がることがない。どうして、なんで。
ただただ、そればかり考えてしまうので、広い家にいたくないから旅に出た。あてなどなかった。とにかく夫の遺影と線香のにおいから離れたいと思った。
ホテルの庭を散歩していると、木々を揺らす一陣の風が吹いた。
「奈緒美、何をしてるんだよ」
「ああ、あ。あなたこそ、何をしてるの。急に私を置いて、遠くへ行ってしまって。一言も断りを入れずに出かけることなどしたこともないくせに、長いお別れに一言もないなんて……」
「ごめんな、僕もどうすることもできなくてさ。急に心臓が止まったから、奈緒美を呼ぶこともできなかったよ」
私は初めて、夫が死んだあと、涙が出た。
「謝ってすむ問題じゃないのよ。私はこれからどうして生きて行けばいいの? まだ還暦にもなってないのに。一人であの家で、どうすればいいのよ」
「でも、もう、売っただろ」
「引っ越しはまだよ」
「一緒にいくか?」
「行けるのかな」
「なんとかなるだろう」
夫は細い腕を伸ばした。
私はその手を取った、何も怖くなかった。むしろその手のぬくもりをまた感じることができて、とても幸せな気持ちになった。
そのあとのことは何も覚えていない。
京都から来た、宿泊客が庭で倒れて冷たくなっていただけのこと。
女の名前は「清水奈緒美」
了
後書き
これを読んで頂いた読者の方へ。
いつも読んで頂きありがとうございます。
ツインレイ
このようなワードをご存じでしょうか?
スピリチュアルな世界では信じられていますが、樹も過去にツインレイを扱った作品を書いたことがありますが、今回はこちらにも一作書いてみました。具体的にツインレイを持ち出すと、説明めいたことを書かねばならず、作品の世界観の邪魔になるので、後書きとして説明致します。
一つの魂を分かち合う二人がこの世のどこかに存在するという事柄をツインレイと呼ぶそうです。
男女の場合、同性の場合、それは誰にもわかりません。
しかし、今回の二人は深いところで強く結びついた夫婦であったという解釈にて、二人はツインレイであったということにします。
どこにいるのか、それとも永遠に会うことなく別のパートナーと人生を終えることになるのか。それは私にもわかりません。
樹亜希