【連載】掌の物語③ ウサギのこと・樹 亜希

地下鉄二条城駅の近くにかわいいカフェがある。
 私はそれを知らなかった。どうして今まで知らなかったのかは、色々と私的に面倒かつ、思い出したくない辛いこともあり、ここでは触れない。
 堀川という川には水の流れはほぼない。
 昔は水量はあったのだろうか、かなり深くて広い。車線一本ほどあり、昔から不思議だなと思っていた。なんのために?
 その静かな街並みには、会社やホテルが並んでいる。
 自転車で行ける範囲でカフェがあるときいて、私は走り出した。

 街並みに溶け込んだ、たたずまいに兎珈琲の看板と、うさちゃんの鼻と口の暖簾。とてもかわいい、一歩脚を踏み込むと、なんとも言えない甘い香り。そう、ベビーカステラ(兎の形)のにおいなのだ。
 店内は天井が高くて町家のようで、木目が見えない黒い長椅子に大理石の丸いテーブルでほんわかした雰囲気でずっと前から、ここにあるのではないかと思わせる。
 白いウサギの置物に私はあの子のことを思い出さずにはいられない。
 高校の時に自転車で疎水の横を走っていたら、白いタオルが落ちていると思えた。しかし、膝を折って座って見ると、タオルから耳が生えているのだ。自転車を停めて、そばに行くとそれは動き出した。こちらを向くと、黒い大きな瞳。そなたはうさぎかな?
 抱き上げても逃げることも、暴れることもなく自転車のかごに乗る感じの大きさの真っ白なウサギのために、私は自作の布バッグに入れた教科書をスクールバッグに無理矢理詰め込んで背中に背負う。
 当然、周りには飼い主さんが散歩させていないかと見渡した。しかし、晩夏のことで少し暑い日に、人影はなかった。
 山深いところに学校があったので、野犬やカラスなどに攻撃されるよりもいいのかと思った私は、布バッグに入れて家に帰った。
 自宅には小学校の頃からいるシャム猫がいて、玄関で私が帰るのを待っている訳だが(自転車の鍵についた鈴の音で玄関に向かうという母親の証言より)おそらく、当分は猫が嫌がるだろうと思っていた。
 案の定、白くて丸く、動く生き物に威嚇して悪態をついていたが、猫が死んでしまったあとまで、ウサギは私の友だった。

 カフェのマスターがはなれに行けば屋根に猫がいるかも知れませんよと言われて、すぐさま、きれいにしつらえられた日本庭園の向こうから母屋を見ると、茶色の丸い猫がいた。
 なんとか仲良くなりたくて、木製のベンチに座ってみたものの、猫とはなかなか一見さんお断りなのは当たり前で、威嚇はされないが、膝に乗ってくれることはなかった。
 注文したウサギの形のベビーカステラは口に入れると、ほんのり甘くて温かい。ウサギカフェにてノスタルジックな気持ちになれたことはとてもありがたい。
 ウサギはぐーともぶーともいう鳴き声をしていた。
 名前はうさこ、多分名前を覚えていたと思う。呼ぶとこちらを向いた。こたつの線をかじり、お気に入りのワンピースの裾をかじり、色々とやらかしてくれたが、拾い上げてから八年間も一緒にいてくれた。

 帰りにウサギアイス最中を包んでもらって、リュックに入れた。
 外の気温が低いので溶けることはなかった。
 部屋に戻りストーブの前でアイス最中を食べてみる。じんわりとアイスの甘さが心地よい、こんなに寒いのに。
 それはどうしてだか私にはわかる。


二条駅近く
兎珈琲 京都へおこしになるときは是非ともお立ち寄りください。
ドリンクのお品もございます。

写真撮影:樹 亜希

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