【連載】掌の物語① 白い祝福・樹 亜希

白い祝福

 昨夜から冷え込むと思ったら、目覚めると窓の外は雪景色だった。
 暖冬と叫ばれていた昨年末から、今年の年越しは本当に暖かかった。過ごしやすく、のんびりとしていると、長い横揺れに襲われた。地震、それもかなり大きな。

 成人式が一月十五日ではなくなってから、何年が経過したのだろうか。
 私は母親が虚栄心を満たすために、知り合いの呉服屋で買った、振り袖を否応もなく十八歳から着ていた。今では考えられないようなばかばかしい話だが本当なので、仕方がない。同じ大金をだすのならば何回も着たら良いという考え方のようだった。
 確かに。
 私は特別に愛されたという思いは持っていない。今も、だ。
 母、父という親からは便利な使える女というポジションに置かれているという認識しかない。今では本当に考えられない。本当に自分はこの家の実子なのかと何度も祖父母に尋ねた。答えはいつも同じだった。
 街を歩くと母と娘の二人連れの観光客や、デパートで買い物を楽しむ似た顔のお二人を見ると羨ましく思う。成人式会場の周りは着飾った娘さんやスーツの似合うイケメンのお隣には品の良いご両親が花束を持ってお写真を撮られている。
 はにかむ笑顔が眩しい。
 私も誰かに見せたかった。
 私は一人で会場にいき、抽選のために周りは知らない人ばかりで、その席を途中で立ち逃げるように平安神宮に向かった。誰かに見せたかった、それは誰かはわかっていた。でもその人は私を迎えに来ることはなかった。今のように携帯電話もなければ、LINEもない。たとえあったとして、来てくれたであろうか?
 不機嫌な顔をして一人電車に乗るのは嫌だったので、なけなしのお金でタクシーに乗った。こんなハレの日に惨めな思いをしたことも、忘れることができないのは本当に悔しい。他の記憶で上書きできる装置を誰かが作ってくれることを切に祈る。
 大学の卒業式は同じ振り袖だが、美容院でヘアセットをして遅れていったが、友人と写真を撮ることができた。しかし、その友人とは誰とも連絡を取ることもできない。みんな、相手から、年賀状が来なくなる。懐かしいと思う気持ちはもうない。
 ただ、このハレの日を迎えるたくさんの若い皆さんとそのご家族様には幸多かれとお祈りする。それは自分がこうなるとはあの時、思わなかったからで、皆さんがこうなってほしくないからだ。
 大学全入時代に突入して、ほとんどの高校生が大学に進学する京都において、今の笑顔が何年経っても同じメンバーで集うことができますようにと祈る。

 京都の人口は年間一万人単位で減少の一途をたどる。
 特に若者たちの……。
 私は何もできずただ、ホテルばかりが高くそびえる京都の街並みを眺めている。
 白い雪の朝、成人式会場へと笑顔の方を見て私はいう。
「おめでとうございます。お似合いですよ」
「ありがとうございます」
 衣装屋から出てこられたお母様が深々と頭をお下げになる。
 はにかんだ顔のお嬢様はとても美しい。
 そういえば、去年もこの衣装屋の前で七五三の坊ちゃんとご両親様に出くわして同じことを言ったなと思い出した。このお店の前を通るたびに必ず止まって御衣装を見る。私は本当は着物が好きなのだ。京都に生まれ育って良かったなと思う瞬間でもある。

既刊本に「哀傷」「双頭の鷲は啼いたか」がある小説家の樹亜希さん。
ミステリーからSF、ラブストーリーまで幅広い著作があります。
ただいま、きらめきぷらす編集部と短編集を発行する計画を進めておりますが、発刊までの間、「掌の物語」と題して連載いたします。
ごく短い作品ですが、樹ワールドのエスプリをお楽しみください。

編集長:細田 利之

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