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【連載】掌の物語(12) 幻夢・樹 亜希
私の前を見慣れた京阪バスが通り過ぎて、ピタリと停止した。まるで何か線でもひかれているかのように。大きな幹線道路、そして買い物客や仕事帰りの人がまばらに、そして足早に通りすぎるけれども、私はまるで迷子のように、思い出を探して歩いていた。正確には、夕方の散歩だった。バス停の横には紫と水色のあじさいがたくさん咲いていた。 私の横に紺色のスーツ姿の男性が飛んできた。「おめでとうございます」「へ?」「当銀行の新しいクジに見事当選されました」「何のこと?」「あ、ご存じありませんか?... -
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【連載】掌の物語(11) ヒーローでもなくラスボスでもない・樹 亜希
さりとて、こう、見苦しい人間の姿にはうんざりする。 デスノートの悪魔みたいな感じであれば、納得するのだろうか。私が現れると、ほとんどの人間は呆れかえり、馬鹿にして、見下す。 しかし、どんな金持ちでも、ゲス野郎も、聖人君子ぶったやつも、ただの人間であり煩悩の塊。「今から死にます」の一言を私が言うと、ぽかーんとした顔をしたあと数秒後に、笑い出したり、罵ったり、どうしてなんだとつかみかかり、まあ、大変なことになる。 私の見た目に問題があるのだろうか。 かわいい豆柴、もしくは最近... -
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【連載】掌の物語⑩ 旅のおわり・樹 亜希
私は誰もいない、一人だけの空間に座って窓の外をみていた。一緒にいたはずの家族はバラバラになってしまい、静かな木の見えるホテルの部屋に座っている。 お金だけは不自由しないだけ、あった。 それは夫にかけてあった生命保険と、会社からの退職金代わりの株式や、自宅を処分したものだった。娘は就職して東京へ転勤となり、そこで知り合った男性と事実婚をした。夫に似て、ドライな性格で、一人娘であることから、入籍はせずに清水の苗字で仕事をしたいことと、子供は持たないという選択を結婚する前から... -
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【連載】掌の物語⑨ いい季節なのに・樹 亜希
私は仕事の帰りに大型マーケットの二階にある、モスバーガーで、野菜が多めのバーガーにかぶりついていた。トマトが唇の端から出てきそうになり、慌てて紙のナプキンで押さえる。 目の下には大きな道路故に、交通量が絶えることはない。 光、ハロゲンの白色とテールランプの赤色が夜の終わりがないことを示しているようだった。 私の住んでいた滋賀県のある場所では、この時間なら最終バスが終わり、自家用車が田んぼや畑の間を数台走る程度のことだった。おまけにバーガー店ということで、外国人の客が多く... -
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【連載】掌の物語⑧ 夢の途中・樹 亜希
きっとまた、私はこの人を好きになる。 そんな感じの出会いがいままさに、起ころうとしている。 今から、二十年ほど前の刑事ドラマが完結しないままに、劇場映画として再び蘇った。あの頃から大好きなキャストたちの大活躍に心躍るスクリーンに涙した、私。 それは特別に涙するシーンでもないのに。 あの時、そう、二十年ほど前にもこんな台詞を聞いたことがある気がした。 隣に座っていた人が少しだけ、私をみたように思えた。 しかし、そんなこと関係ない、今の私には。胸を焦がした歯の浮くような会話... -
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【連載】掌の物語⑦ 思い出搾取・樹 亜希
私は毎日、知り合いも友人もいないこの東京の雑踏の中で一人戦っていた。もちろん先輩や上司、メンターのみんなに支えられて仕事ができていることは承知している。無理にではないが、自然とヒリヒリする現場の中で、疎まれない程度にいい顔ができるようになっている。 どこへ行ってもお姉さんなんでしょ? 弟がいる感じ。とか、お姉さんがいる感じなどと、勝手に想像されるのだが、私は本物の一人娘である。母親が男の子の子育てをしたくないと強く念じて、私が女としてこの世に生を受けた。 それだけに、甘や... -
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【連載】掌の物語⑥ あの時の約束・樹 亜希
今から考えると、植村くんは私のことはあまり好きではなかったのではないかと感じる。どこへ行く、何を食べる、何を買う、それもこれもすべて私が提案しないと植村君は何も自分では、決めることなどできやしない。それが植村君だった。 私は一人っこで、兄妹はいない。 一方、植村君には弟と妹がいる。 彼の弟は東京大学現役合格、妹は彼の母親が溺愛して、わがまま三昧というパワーバランスの中で、いつしか、自分の主張が何も聞き入れられないことが当たり前になり、その表情にもあるように、いつも死んだ... -
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【連載】掌の物語⑤ 転生・樹 亜希
あなたは何回目? うわぁ、やっちまった。 思った時と、その後数秒のほんの瞬間に、走馬灯なんかなかった。とにかくこの状態からどうしたら逃れられるのかなんて知ったこっちゃない。 目が覚めると黄色い菜の花畑を上空から見ていた。 あ、私はバイクの単独事故で、小雨のなかを横断歩道でスリップして転倒したところまでは覚えていた。黄色い菜の花ににおいはなくて、どうして地上からではなくて、ドローンのような視点なのか、わからない。 隣から声がする。「気が早いね」「そうですか?」「お互いにさ... -
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【連載】掌の物語④ 霧の朝と明日の天気・樹 亜希
目が覚めたときに、寝室のカーテンを細く引くと外は雨で煙っていた。そのまま、鈍い頭の痛みにぼんやりとしていた。それでも時計のデジタル数字は確実に進んでいく。 ベッドから腰を上げてもう一度、外を見た。 あの映画と同じ光景が広がっていた。ミストというアメリカの映画だったと思うが、それを思い出して胸がざわざわした。この霧の向こうには行けないのではないだろうか。不条理劇の映画の再現ではないと信じたくて、窓の外を見るのはやめた。 二条城の壕に植えられた木々はおろか、その向こうの街並... -
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【連載】掌の物語③ ウサギのこと・樹 亜希
地下鉄二条城駅の近くにかわいいカフェがある。 私はそれを知らなかった。どうして今まで知らなかったのかは、色々と私的に面倒かつ、思い出したくない辛いこともあり、ここでは触れない。 堀川という川には水の流れはほぼない。 昔は水量はあったのだろうか、かなり深くて広い。車線一本ほどあり、昔から不思議だなと思っていた。なんのために? その静かな街並みには、会社やホテルが並んでいる。 自転車で行ける範囲でカフェがあるときいて、私は走り出した。 街並みに溶け込んだ、たたずまいに兎珈琲の...
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