文学– category –
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【連載】掌の物語(13)それは無理なことで… ・樹 亜希
AIで作成 俺はこの夏に絶対、髪を染めると決めていた。 校則では、極端な髪色に染める、極端な刈り上げ、もしくはツーブロックは禁止されている。たかが髪の毛の色など、どうでもいいことなのだ。それを言うなら、アメリカ人の父親を持つ、ヘンゼルと、ケイトの双子なんて金髪じゃねーか。 それはよくて、なんで日本人はだめなのか。 偏差値が高くて、このままならば東大も京大も合格できるのではないだろうかという、成績を取っている。さほど、ガリ勉でもないが、一度読んだら理解できてしまうので努力をす... -
【連載】掌の物語(12) 幻夢・樹 亜希
私の前を見慣れた京阪バスが通り過ぎて、ピタリと停止した。まるで何か線でもひかれているかのように。大きな幹線道路、そして買い物客や仕事帰りの人がまばらに、そして足早に通りすぎるけれども、私はまるで迷子のように、思い出を探して歩いていた。正確には、夕方の散歩だった。バス停の横には紫と水色のあじさいがたくさん咲いていた。 私の横に紺色のスーツ姿の男性が飛んできた。「おめでとうございます」「へ?」「当銀行の新しいクジに見事当選されました」「何のこと?」「あ、ご存じありませんか?... -
【連載】写真短歌(7)・・川喜田 晶子
素足にてわが魂の底の底 降り立つ君の夏は光れり川喜田晶子 祭りの折には舞楽などが奉納される、神社の舞殿。ふだんは、細い縄が張りめぐらされ、紙垂(しで)が風に揺れています。古びた木の床を眺めておりますと、異界から降りて来た神というもののその足裏が、まさに床に触れる瞬間の心持ちを想像せずにはいられません。聖と俗の鮮やかでやわらかな出会いの感触が、記憶の底の底からこみ上げてくるようです。 -
【連載】掌の物語(11) ヒーローでもなくラスボスでもない・樹 亜希
さりとて、こう、見苦しい人間の姿にはうんざりする。 デスノートの悪魔みたいな感じであれば、納得するのだろうか。私が現れると、ほとんどの人間は呆れかえり、馬鹿にして、見下す。 しかし、どんな金持ちでも、ゲス野郎も、聖人君子ぶったやつも、ただの人間であり煩悩の塊。「今から死にます」の一言を私が言うと、ぽかーんとした顔をしたあと数秒後に、笑い出したり、罵ったり、どうしてなんだとつかみかかり、まあ、大変なことになる。 私の見た目に問題があるのだろうか。 かわいい豆柴、もしくは最近... -
【連載】掌の物語⑩ 旅のおわり・樹 亜希
私は誰もいない、一人だけの空間に座って窓の外をみていた。一緒にいたはずの家族はバラバラになってしまい、静かな木の見えるホテルの部屋に座っている。 お金だけは不自由しないだけ、あった。 それは夫にかけてあった生命保険と、会社からの退職金代わりの株式や、自宅を処分したものだった。娘は就職して東京へ転勤となり、そこで知り合った男性と事実婚をした。夫に似て、ドライな性格で、一人娘であることから、入籍はせずに清水の苗字で仕事をしたいことと、子供は持たないという選択を結婚する前から... -
【連載】写真短歌(6)・・川喜田 晶子
うつし世をはみ出してゐるたましひよ いざまろびゆけ早苗田(さなへだ)の上 川喜田晶子 この現世においては、どうも居心地が悪い魂の持ち主。ともすれば魂の方が、現世の外へ外へとはみ出していってしまう。ところが、そういう人こそ、その現世への激しい憧憬・愛着を抱いていたりするのですから、話は単純ではありません。あどけない表情の稲の赤ちゃんたちがやさしく整列する早苗田は、胸が痛くなるような青を湛えて澄んでいます。日本人の原風景として、〈日常〉の温かな象徴でありながら、かくも青々と澄ん... -
【連載】掌の物語⑨ いい季節なのに・樹 亜希
私は仕事の帰りに大型マーケットの二階にある、モスバーガーで、野菜が多めのバーガーにかぶりついていた。トマトが唇の端から出てきそうになり、慌てて紙のナプキンで押さえる。 目の下には大きな道路故に、交通量が絶えることはない。 光、ハロゲンの白色とテールランプの赤色が夜の終わりがないことを示しているようだった。 私の住んでいた滋賀県のある場所では、この時間なら最終バスが終わり、自家用車が田んぼや畑の間を数台走る程度のことだった。おまけにバーガー店ということで、外国人の客が多く... -
【連載】掌の物語⑧ 夢の途中・樹 亜希
きっとまた、私はこの人を好きになる。 そんな感じの出会いがいままさに、起ころうとしている。 今から、二十年ほど前の刑事ドラマが完結しないままに、劇場映画として再び蘇った。あの頃から大好きなキャストたちの大活躍に心躍るスクリーンに涙した、私。 それは特別に涙するシーンでもないのに。 あの時、そう、二十年ほど前にもこんな台詞を聞いたことがある気がした。 隣に座っていた人が少しだけ、私をみたように思えた。 しかし、そんなこと関係ない、今の私には。胸を焦がした歯の浮くような会話... -
【連載】掌の物語⑦ 思い出搾取・樹 亜希
私は毎日、知り合いも友人もいないこの東京の雑踏の中で一人戦っていた。もちろん先輩や上司、メンターのみんなに支えられて仕事ができていることは承知している。無理にではないが、自然とヒリヒリする現場の中で、疎まれない程度にいい顔ができるようになっている。 どこへ行ってもお姉さんなんでしょ? 弟がいる感じ。とか、お姉さんがいる感じなどと、勝手に想像されるのだが、私は本物の一人娘である。母親が男の子の子育てをしたくないと強く念じて、私が女としてこの世に生を受けた。 それだけに、甘や... -
【連載】写真短歌(5)・・川喜田 晶子
合はす掌(て)の芯に灯りて 天地(あめつち)をほのかに統(す)ぶる わがれんげ草川喜田晶子 三歳から五歳くらいのことだったでしょうか。ものごころのつき始めた私の〈日常〉のすぐ隣に、春になると広大なれんげ畑が現われました。むさぼるように、その淡い紫のひろがりに眺め入っていた記憶があります。幼い心にその光景は、永遠とか無辺、もうひとつの世界といったものの匂いを、やさしく焼きつけてくれたように思われます。何かを祈るとき、私の合掌の内側には、今も果てしなくひろがるれんげ野が在り、聖...