【連載】ギッチョムの気仙沼だより(14)「海のミルク・カキ」

気仙沼市唐桑町地区の穏やかな湾内に並ぶカキの養殖筏

 食欲の秋ー。日本は、海に囲まれ、緑の山野が広がる豊かな自然に恵まれている。しかも四季があり、旬の味覚を楽しむことができる。
 気仙沼でも秋は、美味しい物の列挙に暇がない。まずは脂の乗った戻りガツオ。そしてサンマ。最近は暖流の勢力が強いため漁場も遠く、水揚げはかつてにくらべれれば芳しくないサンマ。しかも小ぶりなものが主体で「今は昔」的な存在なのが悲しい。真打はカキ。プリップリのカキは冬を越して来春まで、その美味を堪能できる三陸を代表する味覚だ。新米で食する、その至福は、「よくぞ日本に生まれたり」と悦に入る。
 全国的に見てカキの最大の産地は広島県。宮城県は2番手だ。県内の主な産地は、松島以北に広がるリアス海岸を主とした湾内だ。日本海で採れるイワガキとは違い、広島、宮城などで養殖で採れるのはマガキ。
 広島産のカキに負けず劣らず、宮城のカキも美味だ。カキの養殖は、種ガキの採取から始まる。採取にはホタテの貝殻を使う。記者になるまでは、ホタテの養殖をしていると勘違いしていた。海中を浮遊している幼生がホタテの貝殻に付着し、植物プランクトンを餌に育つ。
 種ガキの採取、育成には干満の差が大きい、波穏やかな場所が理想だ。その「カキの赤ちゃん」を育てるのに最適な場所が宮城県にある。石巻市と女川町にまたがる万石浦(まんごくうら)という汽水域が、まさにカキの赤ちゃんの「ゆりかご」となる。その万石浦で1cm大ほどに育った稚ガキを各養殖業者が買い入れ、三陸地方のそれぞれの湾で成貝まで育てる。
 余談だが、ヨーロッパでも好まれるカキ。特にフランス人にとっては、地元産の生ガキは無くてはならない大好物だ。そのフランス産カキが危機に陥った過去がある。1960年代、養殖地域沿岸が都市化し、生活雑排水が海に垂れ流され、死滅するなど生産が激減。その救世主となったのが日本産のマガキだった。環境変化に強い点が評価され1970〜73年に、日本から輸入して移植すると生産が上向きに。その後は、海洋汚染も改善され、生産は全面的に回復した。現在、フランス産カキの9割のご先祖は日本産。つまり万石浦生まれ、育ちとなるのだ。

 話を戻す。カキは出荷までに2、3年か掛かる。生食用と、鍋ものやカキフライ用では、最適な大きさや身の締まりなどが違う。それぞれの生産者は、育てる湾の特性などを勘案し、最適な大きさに加え、旨みを引き出すために様々な工夫をする。気仙沼市唐桑町地区では、出荷前に厳選したカキを潮の流れの強い場所に移し、あえて厳しい環境に置く「もまれ牡蠣(がき)」というブランドで売り出すなど工夫している生産者もいる。
 カキは海中の植物プランクトンを食べて育つ。成長に必要な植物プランクトンを得るためカキは、1時間にポリバケツ1杯分に相当する10ℓもの海水を体内に取り込んでいる。
 植物プランクトンが豊富に海中にあるためには、湾に注ぐ川が運ぶ「山の幸」が不可欠だ。山々にある広葉樹が落とす枯葉が主役だ。その枯葉が、土の上で重なり合い、雨水を含み、それを微生物や虫が食べて「耕し」て、窒素、リン、さらに水に溶けるフルボ酸鉄などのミネラルをたっぷり含んだ「腐葉土」が堆積する。そこから染み出す栄養素を、川が海に運ぶ。この「山の幸」が、植物プランクトンを増やす栄養分となる。
 この海、川、山の水の循環は古くから養殖業者の人たちにとっては、肌で知る感覚だったそうだが、一般には、そうした環境への目線が確立されたのは、そう遠い昔のことではない。
 唐桑町のカキ養殖業者の畠山重篤さんが中心になり地元養殖業者らで、気仙沼湾に流れ込む大川の源流がある室根山に広葉樹を植える「森は海の恋人運動」を始めたのが1989年。以来、毎年継続している。当初は、冷ややかな目も注がれたが、「持続可能な開発目標」(SDG’s)が環境保護活動のメインに据えられる現在、畠山さんらが提唱した理念は、広く理解され、今では様々な植樹活動が全国、いや全世界で行われている。今や教科書にも載る「森は海の恋人運動」。亜鉛などミネラルをたっぷりと含んだ海のミルクと称されるカキ。豊かできれいな自然が育てた、その旨み。生でよし、煮てもよし、蒸してもよし、炒めてもよし、衣を付けて揚げてもよし、存分にご賞味あれ。

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