
気仙沼湾の最奥に位置する内湾。古くから「鼎(かなえ)が浦」の呼び名がある。
「鼎」とは三本の脚を持つ鉄製の釜を指す。よく3人による対談を「鼎談」と称するのは、これに由来する。
気仙沼内湾の三本の脚となる岬。最も南に位置する「蜂ヶ崎(はちがさき)」。三陸道気仙沼湾横断橋の北側にある。
柏崎(かしざき)は、石灰岩の崖が湾に突き出しており、気仙沼プラザホテルが建つ。最近、全国放送でも「気仙沼湾と横断橋、その先にある大島」という景観が、天気予報のコーナーに登場することが増えたが、そのカメラはホテルの屋上に据え付けられている。
そして今回、紹介する、あずまやの「浮見堂」と「恵比寿像」がある「神明崎(しんめいざき)」。
岬の上の小高い丘には、海と漁の守り神として室町時代に創建された「五十鈴神社」がある。柏崎とともに、気仙沼内湾を最も身近に見下ろす隠れたビューポイントでもある。
写真は、2025年2月14日撮影した「浮見堂」。恵比寿像は24年6月、恵比寿像が釣り上げたカツオを抱えているのに因み、「目に青葉…」の新緑を背景にした写真を選んだ。
波際に立つ「浮見堂」と「恵比寿像」は、新緑から紅葉までのカツオ盛漁期に訪れるのが、一番、お勧めだ。
朱色の欄干が目印の「海の街道」を散策し、緑陰を縫いながら、穏やかな波が打ち寄せる音に耳を傾ける…。その風情が似合う景観だ。
「浮見堂」は、琵琶湖の「浮堂」を模して建造された。昭和2(1927)年、気仙沼湾が「日本百景」に選ばれたことを記念して、5年後の昭和7年に地元の青年有志が建てた。
その際、珍しい立像として恵比寿像も配置されたが、第二次世界大戦時、国の金属回収令により、撤去された。立像としたのは、港を出入りする船を見送り、迎える—という役割を託したとされる。
二代目は、昭和63(1988)年に、同じく立像として再建。初代より、竿を持った右腕を頭上に高く掲げる姿は、港まち・気仙沼を活気付けているように見えた。
しかし。2011年3月11日、大津波により、浮見堂とともに海に消えてしまう。恵比寿像は、長らく気仙沼港の安寧を見守ってきた存在。付近の海底一帯を何度となく捜索するも見つからなかった。
「恵比寿さまは、気仙沼湾には欠かせない神さま。新たな恵比寿さまに、役割を引き継いでいただこう」と有志が、建立委員会を結成。「エビスビール」を製造・販売する「サッポロホールディング」の寄付などもあり、2020年5月、浮見堂の再建と合わせて、奉納された。
初代と二代目は、全国各地にある恵比寿坐像と同じく、左手でタイを抱えているが、三代目は気仙沼を代表する魚「カツオ」を小脇に抱える。ポーズも右足を前に出し、力強さを感じるものとなった。
三代目恵比寿像の奉納は「浮見堂」の完成と合わせて実施した。
像自体は1月に完成していたが、実はその1カ月前。浮見堂の新築に伴う工事の最中、すぐ近くの海底に横たわっていた二代目の恵比寿像が見つかった。竿は破損していたが、大きな損傷はなかった。引き上げらえ、きれいに清められたあと、五十鈴神社境内に安置された。
厚い泥に覆われていたためか、捜索の甲斐もなく、月日は過ぎた。それだけに二代目の発見は、震災からの復興や水産業隆盛の「吉兆」として、全国ニュースになり、広く紹介された。

神明崎には、このほかにもは北限のモクゲンジ(市指定天然記念物)が自生しているなど、緑豊かな杜を有する。
さまざまな漁船が行き来する湾を渡って来る風は、北風から、春風へと移りつつある。
震災後、一帯は公園として整備され、子どもたちの遊具も配置。
また新たに気仙沼の歌人・落合直文の歌碑も建立された。近代短歌の父とされ、与謝野鉄幹や尾上柴舟の歌の師でもある落合直文。
「緋威(ひおどし)の鎧を著けて太刀佩(は)きて見ばやとぞ思ふ山ざくら花」という傑作を明治時代中期に発表し、「緋威の直文」と高い評価を得ている。
「目にも鮮やかな朱色の鎧に太刀を携え,山桜の花を愛でたいものだ」という意味で、日本らしい美意識が、豊かな色彩とともに立ち上がる。
しかし、いつの間にか「忠君愛国」のイメージが付き、戦後教育の中で、色眼鏡で見られ続けてきたという面はぬぐえない。
そんなイメージを打破したのは、気仙沼市内の女子高校生たちだった。
直文の次の短歌にスポットを当てた。
「砂の上に わが恋人の名をかけば 波のよせきて かげもとどめず」。
「恋人」という言葉を使った最初の「短歌」とされている。まるでオールディーズの名曲「砂に書いたラブレター」(1957年)を思い起こす、ロマンチックな「短歌」だ。もちろん直文の作は明治時代なので、新旧の話はナンセンスだ。
「恋人のまち・気仙沼」というスローガンを使い、ツアーなどを企画した。発想の転換は、若い人から生まれる。その「恋人」の歌碑は浮見堂の入り口にある。
浮見堂では、2021年に放送されたNHK朝ドラ「おかえりモネ」で、主人公が気象予報士試験の合格を祈るシーンが撮影された。
さまざまな、楽し方ができる「浮見堂」と「恵比寿像」。
気仙沼プラザホテル側からは夜間のライトアップがお勧め。
日没からごご10時まで。朱色の「浮見堂」と「浮見街道」が内湾の水面に揺れる景色は、また一味違い、オツな風情を醸し出す。
駐車場はせいぜい2台分なので、内湾奥にある駐車場(3時間以内無料)を利用するのがベター。海を見ながら、ゆっくりと歩いて5分もあれば、到着する。