【連載】ギッチョムの気仙沼だより⑥・リアスの方舟

リアス・アーク美術館 被災したモノたちの展示。このコーナーは自由に写真撮影ができる

「いただきます」「ごちそうさま」…。
「いってきます」「ただいま」…。

 そうした日常の会話が、聞こえてきそうだ。しかし、目の前にあるのは、2011年3月11日に気仙沼地方を襲った大津波により被災し、私たちの生活を支えていた「物」から、本来の使用ができない「がれき」へと化した「モノ」たちだ。
 気仙沼市にあるリアス・アーク美術館の常設展示「東日本の記録と津波の災害史」には、美術館の学芸員らが約2年間にわたり被災地を巡り収集した「モノ」と、写真合わせて約500点が、私たちを失った日常へと誘う。
 被災した炊飯器、電子レンジ、足踏みミシン、テレビゲーム機、ノートパソコン、家の大黒柱、玄関の床のタイル…などなどが、見る「私」を超えた「私たち」という集合体を、まるで被災前と後の狭間にある亜空間的な仮想現実に連れていく。その空間に入ると何とも切なくも、愛おしい感情が体の奥から湧き上がってくるのだ。
 被災したモノと写真は、時の流れや生活の成り行きなど、私たちの生活の中で息づいてきた感覚、感情を揺さぶるように、慎重に配置されている。ガレキをアートにするという、極めて難しい作業だが、それを見事に成し遂げている。
 気仙沼市には、実際に4階まで津波が押し寄せた旧気仙沼向洋高校を保存した震災伝承館がある。津波で破壊された教室、3階に仰向けに転がる乗用車、津波で土台から剥がされ流れ着いた水産加工場が校舎に激突した生々しい傷など、そこにあるのは、あの日、あの時の記録であり、見るものに大きな衝撃を与える。気仙沼に来たら、まずは立ち寄ってほしい施設だ。
 リアス・アーク美術館は、気仙沼市の西にある丘陵地帯にある。標高は約100mあり、津波被害はもちろんなかった。しかし「東日本の記録と津波の災害史」の展示は、仮想空間ながらも、津波被害という根こそぎを奪う、その無常感、失った世界への愛着をより強く感じることができる。
 私も何度となく足を運んでいるが、そのたびに、被災直後の街並みを明るく照らす眩しい早春の日差しの、その暖かさに何とも言えない虚実皮膜をさすらう己が、そこに姿を現すように感じる。
 展示物には、メモがある。ひしゃげた炊飯器には家族の食卓を支えてくれた、生活必需品であった時、共に生きた思い出が、持ち主の言葉として添えられている。
 この炊飯器は何度、家族の「いただきます」「ごちそうさま」を聞いたのだろうか?
 割れて残る玄関タイルは、幾度、家族の「いってきます」「ただいま」を染み込ませてきたのだろうか?
 この想像力を掻き立てるアートだからこそ、まさに被災地にある美術館に展示される大きな意義を持つ。
 気仙沼地方には過去にも何度も津波が押し寄せている。この常設展示では、津波災害の歴史も詳細に紹介している。
 リアス・アーク美術館は1994年開館。当地方特有の地形「リアス」と旧約聖書の洪水伝説に登場するノアの方舟を意味する「アーク」を組み合わせた。
 あの大津波を経験した身として、丘陵地帯に佇む当美術館は、まさに津波から逃れ、その歴史を後世に引き継ぐ「方舟」であることに深い感慨を抱く。
 建物自体は1995年に「日本建築学会賞」を受けている。震災関連だけでなく、縄文時代から現代までの漁撈を中心とする気仙沼地方の歴史や習俗、生活文化を幅広く紹介している。特に多種多様な漁法の違いを学ぶ場として、すこぶる充実した展示がイチオシだ。

リアス・アーク美術館

〒988-0171 宮城県気仙沼市赤岩牧沢138-5
電話番号:0226-24-1611
開館時間:9:30〜17:00(最終入館 16:30)
休館日 :月・火・祝日の翌日(土日を除く)

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