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【連載】ギッチョムの気仙沼だより(12)気仙沼ホルモン
*写真は、ホルモンを焼きつつ、ビールを飲む至福の瞬間。撮影場所は「お福」店内。 俗に言う「ご当地・B級グルメ」。 気仙沼では、脂の乗った戻りガツオ、塩焼きサンマ、全ての味覚を堪能できるホヤ、秋以降に旨みを増すカキ、メカジキ…などなどの豊富な魚介類、さらには隠れた名産であるマツタケ、きれいな水が育む酒米から造られる地酒、あっ!忘れてはいけないフカヒレなどなど枚挙に暇がないA級グルメが盛りだくさん。 そんな大谷翔平選手クラスの名グルメに対して、気仙沼人にとって愛してやまない肉料... -
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【連載】シーボルトの江戸への旅路 No.11―日坂から府中(現在の静岡)までの旅―横山 実
1.4月2日(日)―日坂からの出発 日坂宿は、比較的小さい宿場で、天保14(1843)年の記録によると、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠屋33軒等、家数168軒で、住民数は750人でした。大田南畝(1749年-1823年)の「改元紀行」によると、ここではわらび餅が売られていました。また、峠越えをしてきた旅人の足の痛みを治癒する足豆散・足癒散等も売っていました。 シーボルトは、宿を出て山地を通り、東海道の三大難所(峠)の一つとされる小夜の中山へと向かいました。彼は、小夜の中山には「鳴らすと願をかけた人に銭... -
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【連載】シーボルトの江戸への旅路 No.10―吉田(現在の豊橋)から日坂までの旅―横山 実
1、3月31日(日)―吉田からの出発 シーボルトは、3月30日の夜に吉田宿に到着したので、吉田をほとんど見ていません。 図10-1.東海道五十三駅道中記細見双六で描かれた吉田 広重が画いた東海道五十三駅道中記細見双六(以下においては、「双六」と略称します)での吉田の絵では、豊川に架かる豊川橋の向こう側に城が描かれています。吉田城は、天正18(1590)年に豊臣秀吉の命令で家康が関東に転封された後、池田照政(輝政)が城主となっています。彼は、城の拡張や城下町の整備を行いましたので、吉田城は... -
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【連載】ギッチョムの気仙沼だより(11)気仙沼とフェンシング
凱旋パレードに臨むロンドン五輪フェンシング日本代表メンバーら。左から2番目に当時の千田選手、1人おいて菅原選手=2012年8月12日、気仙沼市田中前 佐藤紀生撮影 2024年、フランス開催のパリオリンピック。今回も日本人選手はフェアプレーに徹し、懸命な戦いを繰り広げた。その中には、金2個を含む5個のメダルを獲得したフェンシング日本代表の躍進も含まれる。しかも男子個人エペ、同団体フルーレでは共に初の金メダル。男子団体エペで銀メダル、さらに女子はフルーレ、サーブルの団体で初の銅メダル獲得と... -
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【連載】シーボルトの江戸への旅路 No.9―桑名から吉田(現在の豊橋)までの旅―横山 実
1.3月28日(火)―桑名からの午後の出発 シーボルトは、11時頃に桑名の城外の町に到着して、「鐘の鋳造や、その他の鉄製品を見物」(シーボルト著・齋藤信訳『シーボルト参府旅行中の日記』(思文閣出版、1983年)72頁。以下、この本は、『日記』と略記します)しています。徳川四天王の一人であった本多忠勝は、慶長6(1601)年に桑名の初代藩主になり、桑名の町を改造するために、大胆な町割りを行いました。その時、鋳物師を招き入れたので、桑名では鋳物業が勃興したのです。 その後、シーポルトは、若い... -
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【連載】シーボルトの江戸への旅路 No.8 ―石部から桑名までの旅―横山 実
1.3月26日(日)―ひと休みした石部からの出発 シーボルトは、石部の宿で少し休んだのち、「横田村の付近でアラ川・・を渡った。・・この川岸の村の手前には、金毘羅を祭って建てた巨大な灯明台で、石灯籠というもの」(シーボルト著・齋藤信訳『シーボルト参府旅行中の日記』(思文閣出版、1983年)68頁。以下、この本は、『日記』と略記します)がありました。 琵琶湖に注ぐ野洲川の源流の一つである横田川の渡しは、東海道の交通量が増えたので、夜間も運行されるようになりました。そこで、文政5(1822)... -
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【連載】シーボルトの江戸への旅路 No.7 ―京都から石部までの旅―横山 実―
1.3月25日(土)―京都からの出発 シーボルトは、「12時に険悪な天候をついて京都を発ち、四条を渡」(シーボルト著・齋藤信訳『シーボルト参府旅行中の日記』(思文閣出版、1983年)64頁。以下、この本は、『日記』と略記します)ったのです。 図7-1.東海道五拾三次之内 京師 三条大橋 歌川広重は、保永堂版の「東海道五拾三次之内」シリーズで、江戸から順番に東海道の55の宿場を画きました。その終点は、京師(「京師」は皇帝の都を意味しますので、日本では「京都」がそれに該当したのです)の三条大... -
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【連載】ギッチョムの気仙沼だより⑩ 夏の旬・カツオとホヤ
気仙沼の夏の食卓の定番、カツオの刺し身とホヤ酢 気仙沼港を代表する魚を一つ挙げるとするならば、それは何と言ってもカツオになる。カツオと言うと、高知県や鹿児島県をイメージする人が多いと思う。カツオのたたき、カツオ節など代表的な食文化を持ち、それは全国区で浸透している。 しかし生鮮カツオの水揚げ日本一となると、それは気仙沼港になる。昨年で27年連続となり、今年も「戻りガツオ」シーズンとなる秋を待たずしてライバルの千葉県勝浦港に肉薄。追い越すのはもはや確実な状況だ。 カツオは黒... -
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【連載】シーボルトの江戸への旅路 No.6 ―大阪から京都までの旅―横山 実―
1.3月17日(金)―大阪からの出発 8時頃に、難波橋(現在の地下鉄「北浜駅」の近くの通称ライオン橋)近くの長崎屋を出発して、1時間ほど北に向かって町の中を進んでいます。そこで「ちょうど刑場に引かれてゆく犯罪人に出会」っています。(シーボルト著・齋藤信訳『シーボルト参府旅行中の日記』(思文閣出版、1983年)58頁。以下、この本は、『日記』と略記します)大坂には、千日刑場、鳶田(飛田)刑場、野江刑場、三軒家刑場がありました。野江刑場は、高麗橋から約一里程の東成郡野江村の京街道に面した... -
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【連載】シーボルトの江戸への旅路 No.5 ―室から大阪までの旅―横山 実―
1.3月9日(木)―室からの出発 朝、室の宿を発ち、「すぐうしろにある険しい山を越え、われわれは、駕籠にとって難儀な谷へくだる道を運ばれて行った」(シーボルト著・齋藤信訳『シーボルト参府旅行中の日記』(思文閣出版、1983年)42頁。以下、この本は、『日記』と略記します)のです。山の麓では、「人力でかちとった耕地が拓かれていたが、その綿密さは、どんなにほめてもほめたりない位である。細い床は、畝と畝との間を深い溝で分け、そこにコムギ・ナタネ・ハトマメ・シロエンドウ・カラシが、そして...
