【連載】掌の物語⑤ 転生・樹 亜希

あなたは何回目?

 うわぁ、やっちまった。
 思った時と、その後数秒のほんの瞬間に、走馬灯なんかなかった。とにかくこの状態からどうしたら逃れられるのかなんて知ったこっちゃない。

 目が覚めると黄色い菜の花畑を上空から見ていた。
 あ、私はバイクの単独事故で、小雨のなかを横断歩道でスリップして転倒したところまでは覚えていた。黄色い菜の花ににおいはなくて、どうして地上からではなくて、ドローンのような視点なのか、わからない。
 隣から声がする。
「気が早いね」
「そうですか?」
「お互いにさ、自分でコントロールして産まれた訳じゃないじゃん」
「そうですよね」
 私はとにかく返事だけ返したが、隣にいるのは小さな蜂だった。じゃあ、私は何だ?
「すみません、結構上手に蜂をやっていますね」
「そういう、あんたも立派に飛んでるぜ」
「飛んでます?」
「いいよな、蝶なんてさ、嫌がられることないし」
 え、私は蝶なんだ。
 死んでいきなりの転生か。展開が早すぎるなと私は思う。
「今日はいい天気ですよね」
「そうさ、久しぶりだ。ずっと雨で今年は三月に冷え込んで、桜の開花が遅くて困ってたってわけさ。おたくも?」
「いえ、私はちょうちょ、初めてでして」
「は?」
 正直に言うと変な顔をされた。
「ごめんなさい、変なこと言って」
「いいさ、お互い様。じゃあ言っておくわ。この先墓地だから、線香臭いから苦手なんだわ。この辺で甘くもないけど、蜜を集めるから」
「ありがと。気をつけてね」
「あんたもな」

 そうか、チョウチョなんだ。
 へえ、どんな色なんだろう。少しだけ興味ある。
 蜂が言うように墓地が見えた。ここはどこなんだろう、京都? あるいは外国……。
 案外近くだった。
 京都の植物園近くの大学が見える場所に広い墓地があった。
 ふらふらと、何も目的もなく飛んでいると、墓標に知った名前があった。
「藤原唯義」
 画数の無駄に多い名前は、結ばれることのなかったあの人の名前だった。死んでいたのか? 私よりも十歳年上の人はここに眠ってるんだ。私は墓石にとまってみた。
「おまえさんも、死んだのかい?」
「あ、ただよしさん」
「いい感じに年を重ねたんだね」
「あなたもね」
 お互いに三十歳と四十歳になる。
 私が二十歳の時に出会い、二年後に別れた。もう二度と会うことなどないと思っていた。ここで会うとは。
「こうして会うとは」
「黄色? 何色のチョウチョかな、あたし」
「え、チョウチョ?」
 私は死ぬ前の私だった。
 もっと洒落た洋服を着ていたら良かったと後悔する。
「こうして会えて良かった。ごめんな。あの時は一方的に」
「あ、あれね。むかついたわ。でもなんとなく迷惑な感じ、だったよね。あたしばかり、好きでつきまといました。ごめんないさい」
「立場的にとか、社会的にとか、まあ、色々あって」
「ねえ、あなたは何で転生していないの?」
「あ、もう四回目すんだから」
「へ?」
「回数とかあるの」
「韓国ドラマの好きな人と出会った時に、何回目ですか? と、きいてきた」
「へえ? 私はさっき出会った蜂にチョウチョだって言われた。だから二回目かな」
「それな、知らないだけで。その前にも美羽の前にも何かだったとしたら? 知らないだけじゃないか?」
「あ、そうかも知れないね。じゃあ、ここであったのも何かの縁だから。抱きしめてくれない?」
「いいよ、誰も見てないしな」
 久しぶりに痩せたもの同士で抱き合う。涙なんてふさわしくない。
「ちゃんとご飯食べろ」
「うん、たばこ、やめろ」
 次の瞬間に目が覚めた時に、私は白い壁の大きな部屋にいた。
「井上さん、聞こえますか? 聞こえたら左手をあげてください」
 私はとても息苦しく全身が酷く痛んでいたが手をあげた。
「井上さん、それは右手ですよ」
                        了

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次