【連載】掌の物語② 邂逅・樹 亜希

お正月3日のお話ですが、編集部の都合で掲載が遅れました。

 今日はあなたの誕生日、忘れようもないお正月の3日なんて。
 卑怯だと思う、今もなお私の脳裏と心に刻んでいるんだから、あなたは私の誕生日など忘れてしまっているでしょ。
 いつもより人の少ない道路の端を自転車で走りながら思う。
 忘れたいのに、忘れられない記憶をフラッシュバルブ記憶という。
 昨年からメンタル心理カウンセラーの資格取得講座の学習を始めて知った。大学時代には心理学を一年だけ勉強したが、バイトが忙しくてなかなか精読できなかった、ユングとフロイトの書籍はあまり、役にはたっていない気がするのは私だけだろうか。
 今は自分のメンタルに置き換えることが多くて、少し滑稽な感じ。
 今もまだ、過去に縛られている。心のある領域にありありと存在する人を追い出すことも出来ないのに、何を勉強してなにを取得しようとしているのか。
 少し前までは原付バイクで街を走っていたが、車道を走る時は自動車などと交通の流れに沿って走行するために、こんな邪推をしている余地はない。左右、前後の状況を秒単位で捕捉していた。特に眼病を患ったことから、以前よりも慎重にならねばならない。
 しかし、ここではバイクの駐輪が禁止されて持ち込んだのは、古い電動自転車。これがまた、今までのバイクと違って疲れる。歩道や車道を使い分けて走行するわけだが、歩道はルールがないので、真ん中を一人歩く人や幅一杯に歩く観光客、犬のリードが長すぎる件など挙げるときりがない。
 しょうがないので車道へ転じると自動車のドライバーからすれば、邪魔な自転車の人という認知。あら哀しい。今までの自分が邪魔だなと思っていた存在に置き換わっているのだ。
 おまけに変な妄想までしながら、走っているわけで……。
 初詣に近くの神泉苑に行ったのだが、自転車で来る人は少なかった。
 お守りを持って願いを唱えると一つだけ叶うという橋を渡る。
 もう二度とあなたのことを思い出しませんように。
 繋いだ手の感覚や平べったい体の固さを忘れてしまいたい。
 明日の朝がくれば、記憶喪失のように、ぽっかりと消去していただけたら良いなと思っていたが、今日は誕生日だと思っている。どうして私の記憶から消え去ってくれないのか。それはフラッシュバルブ記憶だから。もはや、それは災害やテロレベルの次元である。
 え? あのときのあなたが私の中ではそういう位置付けになっているのかと少し笑えた。恋愛は両刃の刃だと、以前読んだ書籍の中にあった。良いこというなと思って今も時々使うことがある。振りかざした刃を降ろす時には、相手も自分も血を流すというのだ。その恋愛がうまくいっているときは良いのだが、いざ、終わりというときはお互いに血みどろになるという意味だ。
 実際、今も私の心の中では血の涙を流しているもう一人の自分が二十歳のまま座り込んでいるのだから。

既刊本に「哀傷」「双頭の鷲は啼いたか」がある小説家の樹亜希さん。
ミステリーからSF、ラブストーリーまで幅広い著作があります。
ただいま、きらめきぷらす編集部と短編集を発行する計画を進めておりますが、発刊までの間、「掌の物語」と題して連載いたします。
ごく短い作品ですが、樹ワールドのエスプリをお楽しみください。

編集長:細田 利之

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