【連載】掌の物語④ 霧の朝と明日の天気・樹 亜希

 目が覚めたときに、寝室のカーテンを細く引くと外は雨で煙っていた。そのまま、鈍い頭の痛みにぼんやりとしていた。それでも時計のデジタル数字は確実に進んでいく。
 ベッドから腰を上げてもう一度、外を見た。
 あの映画と同じ光景が広がっていた。ミストというアメリカの映画だったと思うが、それを思い出して胸がざわざわした。この霧の向こうには行けないのではないだろうか。不条理劇の映画の再現ではないと信じたくて、窓の外を見るのはやめた。
 二条城の壕に植えられた木々はおろか、その向こうの街並みはどこかへいったのではない。これは現実なのだ。
 濃霧の空気を先ほど吸い込んだ。
 それは、あの人の洋服のにおいと同じだったことを思い出す。
 森のにおいとたばこの茶色い部分のにおいが混じった感じ……。
 まただ、デジャビュのように、私の隣に座る人の指の重さを感じるのはなぜだろう。季節性の頭痛のせいだ。
 私はそれを振り切るように、立ち上がり、頭に手をやりながら、キッチンへそろそろと歩いていくと、例のワクチン接種の時に買い込んだ、頭痛薬を一粒口に含む。ボトルの水で飲み込んだ。昨夜から気温が高いので、ガスファンヒーターを付けていないが、寒さもない。
 もしかして、熱があるのではないだろうかという不安が頭をよぎる。ここへ来て、たちの良くない風邪(コロナとか、インフル)だったら、どうしようと思う。最近の気温差と気圧の変化に体がついてこないことから、かなり不安定なのはからだではなくて、心なのかも知れない。

 見えないものや、忘れたはずのにおいを思い出したりするなんて。どうかしているに違いない。

 三十分ほどすると、薬が効いてきたようで、意識がはっきりとしてきた。元々はっきりしていたはずなのに、不安が私から自信を奪っていく。昔は何も考えなくとも、常に前だけを見てきたのに。

 昼前には近くにある古い商店街まで自転車で走る。
 特に何かがほしい訳じゃない。
 観葉植物が元気なく棚の下に置いてある、これは売る気がない感じに見えた。かわいそうで連れて帰ることにした。
「おいくらですか?」
「三百円です」
 ポトスの値段としては格安だ。
 そしてお金を払い、自転車のかごに大事に積んだ。
 次に八百屋さんに入り込んで、野菜を買おうとしたら、王林があった。緑のリンゴ、青リンゴが好きな私はこれまた衝動買いをしてしまった。その先にはおいしいパン屋さんがあるが、これ以上買い物をしたら、月末なのに、お金が……。
 自分の食べるものよりも花などの植物を買う私。
 食べてもその瞬間おいしいと思うだけだが、すぐに忘れてしまうが、花やポトスは次の日も、その次の日も私とともに、息をする。
 明日も晴れるよね。
 私はしなびたポトスに栄養剤の入った水を与える。
 大丈夫、冷蔵庫にある食パンにイチゴジャムぬって食べたらいいんだし。でも、おまえさんは多分、あのままだと捨てられる。天気がよくなれば、少し陽を浴びたら元気になるよ。
 朝の霧は嘘のようにどこかへ行ったが、私の偏頭痛はまたやって来る。
 ベランダに並んだパンジーとシクラメンの寄せ植えが元気なので、隣に並べる。ポトスは少しほっとしたように見えた。

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