リアス海岸である三陸地方。岩手県北部と、気仙沼市などがある宮城県北部から岩手県南部までは、やや性質を異にする。岩手県北部は断崖絶壁「海岸段丘」の景観が圧巻だが、それより以南は岩礁、離島、入り組んだ入江が連なる「沈降海岸」だ。
気仙沼市には、以前紹介した大理石海岸をはじめ、沈降海岸らしい景勝地が多い。中でも古くから気仙沼を代表するのが、今回、紹介する「岩井崎」だ。
旧本吉町と合併する前、旧気仙沼市の最南端に位置している。こちらも以前紹介した大谷海岸・海水浴場に近い。「岩井崎」のシンボルは、海に向け突き出したその先にある。豪快に海水を噴き上げる「潮吹き岩」だ。
いにしえから、どのくらいの年月をかけてできたのだろう?石灰質の岩場に偶然、小さなトンネルができ、そこから温泉場などで見ることができる間欠泉のごとく、打ち寄せる波が圧縮され、勢いよく吹き上がる。
その様子は、2026年5月4日に撮影したショート動画を添える。波の勢いが強く、風が穏やかだとさらに高くなるが、撮影した時は暴風が吹いており、噴潮は風に流されてしまい、ややばらついている。条件がぴったり合うと真っ直ぐに10m近くまで吹き上がる。
この「潮吹き岩」の北東部には、潮溜まりがある。すぐ沖合には荒波が押し寄せており、とても危険な場所に位置しているが、潮溜まりの海側には、潮吹き岩付近と同じくゴツゴツした岩礁が立ちはだかっている。
海水面から出ている部分だけがゴツゴツしているわけではない。海面から海底にかけても、複雑で入り組んだ岩礁が広がっている。
この地形が天然の防潮堤とテトラポットの役割を果たし、波の勢いを削ぎ落とす。初めてノイズキャンセリング機能の付いたイヤフォンを装着した時、音楽以外の騒音が消え失せたーあの驚きと原理は同じだ。音も波である。雑音と位相が反対の音をぶつけることで、波は平らになり音が消える。
それと同じことが岩井崎の波打ち際で起きているのだ。荒れ狂う外海と隣接した潮溜りの穏やかな様子。水辺で遊ぶ親子連れという取り合わせは、見る人を不思議な気持ちにさせる。
しかし外海にある岩礁地帯は、船にとっては航行上、とても危険な場所である。波が荒く、動きが不規則なゆえ、座礁ないし難破する可能性がぐんと高まる危険区域であり、実際、江戸時代中期までは「地獄ケ崎」と呼称されていた。
その江戸時代中期、享保十二年(1727年)、当地を訪れた仙台藩五代藩主・伊達吉村公が祝崎と改めた。「地獄」という忌み言葉を「祝」という言葉にすることで、荒ぶる波からの災いを鎮めようとした。その後、岩に特徴がある場所であることなどから「岩井」の名前に変わったと考えられる。
石灰岩の岩礁、岩井崎は今から2億6000年前、ペルム紀の地層だ。元は赤道付近にあった珊瑚礁が地殻変動で北上してきた。
珊瑚礁からできた石灰岩ゆえ、岩の表面を観察すれば、ウニの仲間であるウミユリ、海底に棲息していたフズリナなどの動物の化石が確認できる。形を知れば、何もなかった岩の表面に、ウミユリ、フズリナの形が瞬時に浮かび上がってくるから不思議だ。今まで見逃してきたものが、一気に一面に広がる。観察会の取材をしていて、教わった。「見える!」単なる岩が、古代の海の痕跡を宿していると実感した。あの感動は今でも鮮明に覚えている。
今、岩井崎は「三陸ジオパーク」のジオサイトに認定されており、ちょっとした知識があれば、単なる奇岩、噴潮という珍しい景観だけではなく、その成り立ちに地球の雄渾な胎動を肌で感じることができる。岩井崎は宮城県の天然記念物に指定されており、傷つけたり、持ち帰ったりすることはできない。
岩井崎には、岩礁以外に、見どころがある。
潮吹き岩の北東部の園地にある「龍の松」。2011年3月11日に発生した東日本大震災で押し寄せた津波で被害を受けた松だ。奇跡的に一部が残ったが、その形が天へ昇る龍のような姿に見える。隣町・岩手県陸前高田市にある「奇跡の一本松」と同様に、気仙沼市の復興のシンボルとなった。 もう一つ。潮溜りを見下ろす園地東部には、岩井崎がある気仙沼市階上(はしかみ)地区出身で、江戸時代末期に活躍した第九代横綱である秀ノ山雷五郎の銅像がある。銅像も津波に耐えて立つ。


東日本大震災の津波で、気仙沼市で最大となる93人の犠牲者を出した波路上(はじかみ)杉ノ下地区。岩井崎の西隣にある、お伊勢浜海水浴場の後背地にある。杉ノ下地区で一番高い「杉ノ下高台」は過去一度も津波被害に遭っておらず、住民の一時避難場所になっていた。しかし高台の海抜11mより高い14mの津波が襲った。避難していた60人を津波が飲み込んだ。
一方、岩井崎のすぐ北側にある琴平神社。海抜11mだが、境内にヒタヒタと波は上がったが、そこでとどまり、神社本殿も、避難していた住民も命拾いをした。
隣接している地区で明暗が分かれた。その要因は一方は遠浅の砂場、一方は複雑な地形が海面上下に広がる岩礁。その違いだったのだろうか?いずれにしても犠牲者には哀悼の誠を捧げる。岩井崎に立ち寄ったなら、ぜひ杉ノ下高台の慰霊碑にも足を運んでほしい。「ギッチョムの気仙沼だより(30)」で紹介した、震災遺構伝承館も同じ地区にある。
