ギッチョムの気仙沼だより(37)巨釜・半蔵

 気仙沼市は、「平成の大合併」により、東側に位置する唐桑半島を主とする「唐桑町」と、南部地域にある「本吉町」の1市2町が新たな「気仙沼市」となった。
 人気の高い道の駅「大谷海岸」を擁する本吉町は、概して穏やかな海岸線が続くが、唐桑町は、複雑なリアス海岸であり、沖合には黒潮と親潮がぶつかる「世界三大漁場」が広がっている。
 ここ「気仙沼だより」で以前、紹介した「大理石海岸」は唐桑町にある。同じ三陸海岸にある浄土ヶ浜(宮古市)の箱庭バージョンと言える入江であり、日本百貨店の老舗である日本橋三越本店の正面玄関にあるライオン像の台座や、店内の装飾石として使用されているなど、とてもきれいな大理石が青い海と絶妙なコントラストを生む。景勝地としては、「知る人ぞ知る」という、いわゆる隠れた名所という位置付けになる。
 今回、紹介する「巨釜・半蔵」(おがま・はんぞう)は、宮城県指定名勝に指定されている、唐桑町地区を代表する景勝地であり、旧町時代から、唐桑のシンボル的存在であった。
 前田浜という湾を中央に、北側にあるのが「巨釜」、南側を「半蔵」と呼ぶ。「巨釜・半蔵」という不思議な名前には次のような由来がある。
 唐桑半島は、約2億6000万年前の古生代・ペルム紀(二畳紀)の地層からなる。かつて一塊であった大陸から、海岸線の一部が分かれた、日本で最も古い地層でもある。
「巨釜・半蔵」は、気仙沼地方の海岸に多い石灰岩からなる海岸線だ。「巨釜」には、ひときわ目を引く巨岩がある。高さ16m、横幅3mの石柱が、天を衝く形で堂々と立つ。
 逆巻く荒波が、岩礁にぶつかり、まるで巨大な釜が沸き立つようなありさまから、「巨釜」の名が与えられた。
 この巨岩は「折石」(おれいし)と言う。その名の通り、先端部が2mほど「折れた」のだ。以前は18mあり「天柱岩」(てんちゅういわ)と言う名が冠されていたが、その巨岩の先端部を2mへし折ったのは、驚くべきことに「津波」だ。
 明治29年(1896年)に発生した明治三陸大津波で、押し寄せた津波が破壊した。2011年3月11日に発生した東日本大震災を上回る2万人を超える犠牲者を出しており、唐桑半島にも20mを超す大津波が押し寄せた。
 「折石」と言う名前が、津波の力の巨大さを伝えるモニュメントであることは、地元新聞記者になって初めて知った。単なる「巨岩」ではなく、そこには海の底知れぬ恐ろしさも秘めた天然の「遺跡」でもあるのだ。そういう史実を頭に入れて、太平洋の大海原を臨み、雄々しく立つ「折石」を見る目も大きく変わる。
 個人的には「折石(天柱岩)」と、かつての呼称も併記して、津波の前と後の経緯を知る機会にしてほしいと思う。

 一方の「半蔵」。波で削られた洞窟である「海食洞」がそこかしこにあり、アワビなどの海の幸に恵まれ、商売が「繁昌」したことから転じて「半蔵」の名になったと伝わる。「巨釜」と「半蔵」は隣り合っており、双方とも見事な水平線を見渡すことができる。
 遊歩道が整備されているが、アップダウンがある。急坂ではないので、ゆっくりと進めば、高齢者でも十分に行き来できる。

 気仙沼市を訪れた際は、大谷海岸、岩井崎、大島、そして唐桑半島と、趣がそれぞれ違う海岸線をぜひ訪れてほしい。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次