オペラ歌手、音楽家として活躍中の見角 悠代さん。
幼少期から、幾つもの出会いを重ねて舞台で活躍するまでを語っていただきました。
その声と表現力で観客を魅了する音楽家はどのようにして生まれたのか、その軌跡をお楽しみください。
編集長:細田
第5回
大学院での2年間は飛ぶように過ぎました。かつては助演だったオペラにも、キャストとして出演させて頂けるようになり、時折思った通りの声が出せるようになったような気がしたり、友達を相手に宇宙人みたいな会話もできるようになっていたかもしれません。
ある時、「コロラトゥーラソプラノ」というキーワドであれこれ探しているうちに、その代表格である「ナクソス島のアリアドネ」というオペラの『ツェルビネッタ』という役が歌う「偉大なる女王様」というアリアに出会いました。それをきっかけにリヒャルト・シュトラウスの作品に魅せられて、夢中で歌曲を歌い漁り始めました。
そして大学院では思い切って女性のソプラノの先生にも師事することにしました。二人以上の先生に師事することは贅沢なことで、違う目線からいろんなことを教えて頂けるのですが、発声や表現の面で、違うことを言われて、迷ってしまうことが初学者にはあります。でもお二人の先生は仲が良く、時々私のことをお話し合って下さったたので、私はそれぞれの先生から、様々なことを学ばせて頂くことができました。
天才的な歌唱力と表現力を持つソプラノの先生は身長が145センチくらいしかないのですが、歌うときには全く小さくは見えず、常に背景に薔薇の花が見えるかのような華やかさをお持ちの方でした。
ある日のレッスンで、その先生に言われたことが今も忘れられません。
「悠ちゃん、あなた、白鳥になんなさい。」です。
声楽は、喉の中や動かす筋肉を実際見せられるわけでもなく、良い発声の方法も、言葉だけで伝え切ることはできません。まして表現や歌いまわしのようなものは、考え方も、感じ方も千差万別なので、教える方もいろんな比喩を用いて、いろいろな可能性があることを必死に伝えようとしますし、教わる方も想像力をフルに膨らませて、様々に理解しようと努める必要があります。
つまり先生が言いたかったのは、白鳥が水の上ではスッとしていて優雅に泳いでいるように見えても、水の中では足を上手に使って必死に水をかいている、ということだったようで、見た目に歌う姿は美しく、しかし体を上手に使ってよい声を出しなさいということだったようです。(と、いうことで、いいはずです。)ちなみにその先生ご自身は、かつてお師匠さんから「大久保から音を取っていらっしゃい」と指導され、「新大久保じゃダメなのかなぁ」と思ったというから大笑いなのでした。他にも「骨を開けて」と言われて「それ本当にやったら救急車だろ」とか「富士山の裾野からてっぺんまで息でなぞるように」と言われて「肺活量、どんだけだ」とか、声楽レッスンの笑い話はあちこちで枚挙に暇がありません。
そんなこんなで2人の師匠の元で週3回のレッスンを重ねつつ、『ツェルビネッタ』のアリアをテーマに修士論文を書き上げました。そしてリヒャルト・シュトラウスの歌曲の数々と合わせて修士演奏を果たし、なんと首席で大学院を修了しました。
師匠たちと、このみさんと、家族とがとても喜んでくれましたが、まだまだ白鳥になれた実感のない私は、次はどこに向かって足をバタバタすればいいんだろう?と思っていたのでした。