守山通信のご案内

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きらめきプラス「士魂商才」執筆者、守山さんからこんな守山通信が届きました。
皆様にも読んでいただきたく転載します。

守山通信(2015年2月16日)より

2月13日は高倉健夫人、江利チエミの命日でした。彼女は昭和12年に東京下谷に生まれ。
同じ年の生まれの雪村いずみ、美空ひばりと「三人娘」として人気を博しました。
チエミは家族の生活を支えるために12歳から進駐軍回りをしてドリス・デイやパティ・ペイジなど
当時米国で流行っていた歌手の歌を歌って人気を博します。
彼女の代表曲「テネシーワルツ」は最初のレコードです。
1959年に高倉健と結婚。相思相愛でした。
ところが名古屋に住んでいた異父姉(母とは生き別れ)がチエミを妹と知って生活苦と嘘をついて
チエミに近づき小田家(高倉健)に家政婦として入り込むことに成功。
チエミへの妬みから二人の誹謗中傷を吹聴しまくり最後はチエミの資産を着服。
チエミの実印を使って高利の借金を重ねました。
チエミは高倉健に被害が及ぶのを恐れて1971年に離婚を申し出て高倉健に承諾させています。
数億円の借金はチエミが一人ですべて返済。異父姉は告訴され実刑判決を受けました。
1974年にヒットした彼女の『酒場にて』の歌詞に「好きでお酒を飲んじゃいないわ」
「家に一人帰る時がこわい私よ」「暗い闇が私を待ってるだけよ」とあります。
高倉健を愛するが故に離婚せざるを得なかった彼女の心の葛藤を表す歌です。
熊本のイベントから帰宅した晩に風邪気味なので薬と牛乳割ウイスキーを飲んで床に付いた翌朝の
1982年2月13日 脳卒中と吐物でのどに詰まらせた窒息でベットで死んでいるのが発見され
ました。
享年45。高倉健はそんな彼女を離婚した後も愛し続け大物女優に結婚を迫られても首を立てに振らず
彼女の墓が近い元の新婚住いの跡地に家を建て命日には必ずチエミの墓参りをしていましたが今年は
それが叶いませんでした。
ここにも一途で愛情溢れる高倉健の生き様が見えます。
合 掌

守山 淳  経営コンサルタント   オフィス J.M.代表

守山 淳 
経営コンサルタント
オフィス J.M.代表

守山さんのHPには、自ら商社マンとして活躍した経験をもとに
書かれた経済論から、心和む「ちょっと味のある話」など
情報盛りだくさんですので是非一度覘いてみてください。
おすすめ!です。

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